好景気か否か
現状(執筆時)はまるで好景気のようです。米国や欧州、日本の株式市場は史上最高値を更新しています。米国経済は市場予想以上に強く、3月の非農業部門雇用者数は30万3,000人増加しました。世界の他の地域でも回復の兆しが見えています。米連邦準備制度理事会(FRB)が今年の利下げを見送るかもしれないとの市場の見方に対しては、仕方がないことと受け入れられているようです。キャッシュ金利はしばらく魅力的な水準に留まると見ています。今年、株式市場のリターン及びハイイールド社債市場のリターンはキャッシュ・リターンを上回っています。一方で、長期債は、市場での金利期待が変化した為に、価格が下落しています。しかし、イールド・カーブ(金利曲線)が逆の傾き(短期が高く、長期が低い)のままであるため、長期債利回りの動きはレンジ内にとどまっています。長期債の取引は、成長率とインフレ・サイクルが大幅に軟化する場合にのみ好調になると考えています。しかし、現在はそのような状況にはないと思われます。
もっと長い期間キャッシュの魅力が続くのか?
先々週、筆者はウルグアイとアルゼンチンの顧客を訪問する機会に恵まれました。南米の一部では経済問題がよく報じられていますが、そこには多くの富があり、現地の投資家は米ドル建の資産を好む傾向があります。他の地域と同様、ポートフォリオにはまだ多くの現金が保有されており、2024年には5%超、来年には4.5%超のキャッシュ・リターン(米ドル)が見込まれるため、現在のバリュエーションでは社債投資戦略や株式投資戦略への投資という発想を持つことは難しいと思われます。米国の投資適格社債の平均利回りがキャッシュの金利を下回っているという事実を見ると、投資家の興味が高格付けの社債市場に引き付けられることはなさそうです。ハイイールド社債市場は適格社債市場よりも魅力的に見えますが、現在のスプレッド水準は過去の水準と比べるとかなり狭くなっています。
キャッシュの魅力にも道理がある
キャッシュ・リターンの見通しを考えると、投資家がキャッシュを保有し続ける理由は数多くあると思われます。その理由は、資本市場の現在のバリュエーションに関連したいくつかの潜在的リスクに対する懸念に集約されると見ています。しかし、重要なことはインフレと金利の見通しであると考えています。米消費者物価指数(CPI)が総合とコアともに市場予想を上回り前月比0.4%上昇したため、FRBが利下げを行うことが難しくなったと思われます。CPIの多くの構成要素に計算上の問題があり(例えば、持ち家のみなし家賃)、また、奇妙な物価上昇(例えば、自動車保険料は2024年3月までの1年間で22%上昇)もあることから、インフレの実態がどうなっているかについて論点が多く、結論を得ることが難しくなっています。しかし、見逃せないと思われることは、米国ではインフレ目標に向けた進展が停滞しており、逆転している可能性さえあるということです。FRBの中には、食料・住居・エネルギーを除くCPI(3月は前年同月比2.4%上昇)などの指標を見て、国内のインフレ圧力は抑制されていると安心する人もいる一方で、そうでない人もいると思われます。現状では、6月の利下げは見送られるという予測が市場の見方です。FRBが今年中に利下げするという予測は、外れるリスクが高くなってきたと思われます。
テーブルマウンテンが再び現れる
数カ月前に、当社グループは“米国金利のテーブルマウンテン(頂上が平坦な山)のような状況”について述べていました。 そして、現在またそのような様相を呈しています。米国の政策金利は昨年7月以来据え置かれています。この最後の利上げから少なくとも1年間は5.25~5.50%の金利が続くと思われます。思い出すべきこととして、2000年代半ばにFRBがピーク時の金利を15ヵ月間維持したことがあります。中立金利がどの水準にあるかはともかく、政策金利が一定に保たれると、経済は長期借入コストを更に調整しなければならないことになるので、ある時点でハード・ランディング(景気の急速な失速)する可能性が高まると思われます。
債券、社債、短期デュレーションについて
債券投資家にとって、長期間にわたる金利据置きは複雑な意味を持つと思われます。第一に、現在の市場は自信をもって大幅な利下げを織り込むことができないので、利回りは全般的に高止まりしています。つまり、債券からのインカム・リターンは、特に社債やイールド・カーブの短期部分において投資の魅力が持続していると見ています。第二に、長期デュレーション戦略の魅力が低下しています。イールド・カーブは依然として反転しており、長期金利は比較して特に高い水準ではないため、ハード・ランディングが顕在化しない限り、金利が低下する機会は限られていると見ています。市場はここ数年、何度も長期デュレーション戦略にはマイナスとなる動きをしてきましたが、今回もそうなっていると思われます。利下げ観測が強まるか、または、長期債券の利回りが大幅に上昇する(例えば米国債利回りが5%を超える)かなど、長期的なバリュエーション状況が改善されるまでは、長期デュレーション戦略は有効には機能しないと思われます。最後に、インフレ連動債、特に短期デュレーション債券に投資する戦略は、インフレが上振れし続けるリスクに対するヘッジとして、再度検討する価値があるかもしれません。米国の5年物のブレーク・イーブン・インフレ率は執筆時現在2.55%です。
利上げに向かうのか?
政策金利の据置きは、市場が利下げのタイミングを織り込みなおせば、大きな波乱要因にならないだろうと思われます。大きな問題を引き起こすと思われるのは、FRBの利上げです。FRB関係者は誰一人として公式に利上げをほのめかす人がいないので、利上げは市場にとって驚きとなる可能性があります。しかし、1990年代半ばの状況は今回に当てはまるシナリオかもしれません。1994年から1995年にかけて300ベーシス・ポイント(bp)利上げした後、FRBは1995年7月に金融緩和を開始しましたが、その後、政策金利は、先の利上げのピークを超える水準まで引き上げられました。それは、インフレが加速し始めたからです。結末として、ドットコム・バブルがはじけました。長期間にわたり実質短期金利が比較的大きくプラスになったのは、この時が最後でした。もし今回インフレ率が4%に向かって再び上がり始めると、実質短期金利は低下することになるので、利上げの可能性が出てきます。
金利の上昇は投資家にとって大きな要因と見ています。これは、キャッシュからのリターンが高くなること、企業収益を評価する際の割引率が高くなること、そして金利コストの上昇により家計部門と企業部門のキャッシュフローにかかるストレスが高まる可能性があることを意味します。今回の利上げサイクルでは、住宅所有者が現状よりも低い金利の固定金利住宅ローンを利用し、企業が多額のキャッシュ残高を築き、比較的低い固定金利で債務を拡大してきたことが主な要因となって、全体として金利コストの上昇は吸収されてきていました。いずれ金利環境は穏やかでなくなる時点があるかもしれませんが、今のところ信用状況は引き続き堅調であると見ています。
横ばい
今年3月の米国CPIの上昇率は、昨年3月よりも大きかった一方で、2022年3月よりは小幅でした。2024年1~3月期(Q1)のコアCPIの上昇幅は1年前よりわずかに縮小しました。CPIのうち動きの鈍い構成要素の一部が下降に転じ、エネルギー価格が安定すれば、年内のインフレ率は3.0%から3.5%の間で推移する可能性があります。総合CPIの前年同月比の推移を見ると、昨年に4.0%を下回って以来、横ばい傾向が続いています。これはFRBの政策引締めではなく、維持を示唆していると見ています。いずれにせよ、現状では、今年いっぱいはインフレ率や金利が大きく低下するとの予想を控えることが賢明だと思われます。
株式のリスク
株式戦略の投資家にとっては、明らかに金利市場からの影響を受けていると思われます。債券に対するセンチメントが弱まれば利回りが上昇し、株式市場のセンチメントに影響を与えると思われます。簡単に言えば、株式のリターンには 2 つのリスクがあると思います。1 つは企業収益が期待外れとなること、もう 1 つは債券利回りの上昇やその他の要因がセンチメントに悪影響を及ぼすことによってバリュエーションが低下することです。
企業業績
筆者は企業業績が比較的堅調に成長すると見ています。現在の市場コンセンサスでは、S&P500の今年の一株当たり利益は11%成長すると予想されています。欧州と英国市場については、5.5%~6.5%の成長と予想されています。力強い成長と粘着的なインフレによって米国の名目GDP成長率は数ヶ月前よりも大きいと見ています。個人消費と設備投資は堅調であるため、昨年と比べて利益率が低下するような明らかな理由は見当たりません。今度の決算シーズンでは、業績は上振れする可能性があります。S&P500種構成企業のうち、少ないながらもすでに決算を発表した企業からは、こうした見通しが示されています。
バリュエーション
世界の市場は連動する傾向があります。いくつかの世界の主要な株式指数について、12ヶ月先株価収益率(PER)のzスコア(ある値とある値群の平均値との関係)をプロットしてみましたが、実績PERは異なるものの、相関性の高さは注目に値すると思います。PERは2022年後半に底を打ち、その後はS&P500を筆頭に着実に上昇しています。今日のPERを3年移動平均と比較すると、米国では平均より約1標準偏差分高くなっている一方、米国以外の市場では3年平均に近くなっています。米国のバリュエーション評価には、確かに成長プレミアムが含まれていると思われます。つまり、こうした割高には理由があると考えています。
モメンタムは強く、PERは上昇しましたが、過度な増加は見られません。新型コロナ禍後のPERは、サプライチェーンの変化や、テクノロジーの普及、バランスシートの強さを反映して、過去10年間と比べて高くなっています。また、近年の企業の価格決定力の強化も反映されていると見ています。
PER低下のリスク
では、何がPERを低下させ、今年のトータル・リターンに対する利益成長のプラスの影響を否定する要因でしょうか?2022年に何が起こったかを考えれば、金利見通しが要因の一つであると考えられます。S&P500の予想益利回りと10年物国債利回りの関係にはほとんど断裂が見られません。つまり、債券利回りが上昇すれば、株式のPERは低下しています。これは、景気後退の兆しが見えれば、収益成長持続への信頼が損なわれるからであると思われます。しかし、これまで述べてきたように、現在、景気後退の兆しはほとんど見当たりません。政治的な不確実性はバリュエーションに影響を与える可能性があります。米国の大統領選挙はその要因の一つですが、実際にどうなるかは7~9月期にならないと見えてこないと思われます。
世界的な政治リスクは、投資家心理を脅かすものとして、株式市場にリスク・プレミアムの追加が必要となるため、強く懸念されるものです。ロシアとウクライナの紛争では、ロシアが巻き返す可能性があるとの報道が続く一方、ロシア政権を弱体化させる可能性のあるインフラ問題やロシア地域の動揺を強調する報道もあるため、真の状況がどのようなものかを評価することが難しくなっています。中東では、イスラエルの紛争がガザだけでなくイランにまで拡大する脅威が迫っていると思われます。地政学のアナリストらは、米国の大統領選挙を前に、論議を活発にしていくものと思われます。これらすべてが投資家の不確実性を高め、市場の変動性やリターンの不確実性に影響する可能性があります。最近のコモディティ(商品先物市場を通して取引できる金融商品)価格の上昇は、主要な原材料の供給に対する地政学的リスクへの懸念の表れである可能性もあり、また、市場が考えている以上に世界経済が堅調であることの表れである可能性もあります。
好景気か?
筆者は、このレポートを世界経済が好調であることを示唆することから始めました。成長の勢いは改善しつつあり、インフレは現状の方向性では依然として鎮静化に向かっていますが、エネルギー価格やその他の商品価格の上昇、そして新型コロナ禍以降の消費と市場の構造的な変化による物価の動向によって中断されていると見ています。名目成長率はコロナ禍前よりも高くなると思われますが、これは当時よりも金利が高くなることを意味しています。加えて、企業は回復力があり、需給環境の変化や革新的技術による機会に適応しながら成長できることを示してきたと見ています。投資家には、もっとバランスの良いポートフォリオを構築する機会があると思います。つまり、債券戦略ではインカム(金利感応度を管理)を獲得し、米国株式戦略では成長性を獲得し、そしてグローバル株式戦略ではよりバランスの取れた世界成長の兆しがもたらす分散投資(たとえそれが好調な米国経済の派生物であったとしても)の機会があると考えています。
市場データの出所: レフィニティブ・データストリーム、ブルームバーグ。特に記載のない限り2024年4月11日現在。
過去の実績は将来の結果を示すものではありません。
(オリジナル記事は4月12日に掲載されました。こちらをご覧ください。)
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