辛抱強く!
インフレ率が低下するにつれて、今後の行方について判断に迷う数字が出やすくなることがあります。市場は現在(執筆時)こうした段階にあり、最近の米国のインフレ率はその例を示しています。しかし、広い目で見ると、依然として、ソフト・ランディング(景気の軟着陸)シナリオを続けながらインフレ率が低下すると見ています。米国では、経済成長は市場予想ほどには鈍化せず、また、インフレもやや粘着性を示しています。しかし、このことはそれほど問題ではないと見ています。というもの、金利が上昇するリスクは限られていると見ているからです。証券会社などセル・サイドは利下げに積極的な見通しをしていますが、市場では、政策金利が予想されたほどには下げられない可能性が指摘されています。投資家は、安定した社債利回りと債券ポートフォリオに含まれるキャリー(一定期間に得られるインカム・ゲイン)を選好すると思われます。また、経済成長が良くなるにつれて、株式リターンの基礎条件も良くなっていくと思われます。マクロ環境は依然として、投資適格社債や比較的ベータ(市場のリターンに対する感応度)値の高い社債や成長株を下支えしていると見ています。
唯一の道は上昇か?
こうした状況は、ブル・マーケット(強気相場)であり、その相場はモメンタム(勢い)の強さとバリュエーション(価値評価)の上昇によって特徴づけられます。この特徴は、米国の成長株やハイイールドでベータ値の高い社債、及び暗号資産(仮想通貨)などに比較的明確に表れています。この市場を支えているマクロ経済の行方として、ソフト・ランディングの可能性が、ハード・ランディング(景気の急激な失速)やノー・ランディング(景気の鈍化が見られない成長)よりも高いと見ています。これはすべて米国についてのことです。欧州はスタグフレーション(景気後退の中でインフレーションが進行する現象)の回避に苦慮し、中国は新たなデフレに苦闘しています。世界の市場センチメントや動向は現状、米国の動きに連動していると見ています。その為、米国に大統領選挙が近づいていることも手伝って、今後2024年は引き続き米国との連動性の高い状況が続くと思われます。
ソフト・ランディング
ソフト・ランディングというシナリオでは、経済成長率が十分に鈍化して生産能力に余剰が現れ、それによってインフレ率が連邦準備制度理事会(FRB)の目標水準である2.0%に戻ることを想定しています。重要な指標である失業率は緩やかな上昇(2023年初の低水準3.4%に対し2024年2月は3.9%)となっており、インフレ率は鈍化を示しています。先週の重要な経済統計は3月の消費者物価指数で、コア指数は前年同月比で1月の3.9%から3.8%へ鈍化し、昨年2月時点の5.5%、2022年末の6.4%から低下しました。短期的なインフレの勢いを示す指標は、FRBがインフレに対し勝利を宣言するまでにはまだ若干時間がかかることを示唆しています。従って、FRBは、利下げが近いことを市場にさりげなく示唆しながら、利下げまで時間を取ると見ています。
市場は、最近では金利予測が以前よりも安定的になっているというFRBのメッセージを受け取っています。現在の景気状況では、FRBは積極的に利下げをしようとしていませんし、その必要もないと見ています。セル・サイドの予測を見ると、現在市場が織り込んでいる以上の利下げを期待しており、欧州中央銀行(ECB)の政策金利をめぐる予測では特にその傾向が強くなっていますが、これは欧州経済がハード・ランディングのシナリオに向かっていることを予測するものです。しかし、コロナ禍で非伝統的な金融政策を行っていた時期に、金融政策方針の予測を行う場合にはそれに応じた条件付けが必要となっていましたが、この欧州のハード・ランディング予測は、この特殊な時期の条件付けを反映しているだけかもしれません。現在の市場では、FRBが6月に利下げを開始して、年内に100ベーシス・ポイント(BP)下げるという見通しを60%の可能性と見ています。この織り込み状況はECBについても似通っています。
ハード・ランディング
ハード・ランディングのシナリオでは、今後の成長が弱くなり、インフレ率が低下し、失業率がはっきりと上昇し始め、企業の業績が低下に向かいます。このシナリオでは、ソフト・ランディング・シナリオよりも積極的に利下げが行われ、金融市場では、株式や社債のリスク・プレミアム(無リスク資産の金利に対するリスク性資産の期待収益率)との差が上昇し、債券利回りの金利曲線が急速にスティープ化(勾配が急になること)するという典型的な“リセッション(景気後退)”の形態で、反応を示すと見ています。このシナリオが実現するリスクはありますが、しかし、世界では景気状況に課題が多い地域でさえリセッションをこれまで回避してきています。例えば、欧州や英国はゼロ成長になっており、また、中国は今年再び5%成長を達成しようとしています。米国がハード・ランディングする為には、金融政策がショックとなるような大幅な変更を行う見通しが必要と思われます。
ノー・ランディング
ノー・ランディング・シナリオとは、経済成長が、生産能力が余剰になったり、または、インフレに残る圧力が緩和したりするほどには十分に鈍化しないシナリオです。その場合、サービス部門インフレの粘着性と潜在成長力に近い成長率によって、FRBは比較的高い金利のまま長期化する方向に傾くかもしれません。市場の一部では、FRBが今年利下げを行うことはないとの見方も出ています。利上げが実施される可能性は極めて低いと思われますが、市場予想が金利据え置きを織り込む場合には、金融状況がもっと引き締まる可能性があります。ノー・ランディング・シナリオの場合に、インフレ率上昇と一層の金融引き締めとを回避するということは、経済の奇跡に他ならず、それには米国の生産性の急上昇に全面的に依存することになります。人工知能(AI)が生産性を向上させるという期待は大きいものの、AIが経済学の法則を大きく変えるには時期尚早と思われます。
再設定とキャリー
中核シナリオとなるソフト・ランディング・シナリオは、市場にとって強気に転じつつあります。政策金利は、日本を除き、世界的に引き下げられると予想されており、景気後退が回避されれば、リスク資産はパフォーマンスを維持できると思われます。現在のシナリオは社債への投資戦略にとって追い風と思われます。バリュエーションは2022年~2023年の金利上昇に合わせて調整され、リターン期待はプラスに転じています。投資適格社債はファンダメンタルズ的に健全であり、利回りが非常に低かった頃よりも効果的に負債に見合うインカム・ゲインを提供していると思います。投資適格社債からのトータル・リターン(ICE BoA債券指数を参照)は年初来ではほぼ横ばいになっていますが、これは1月に金利期待が上昇したことを反映したものです。トータル・リターンは2月中旬以降プラスに転じており、例えば米国投資適格債のインカム・リターンは月次で約50bp、欧州の適格社債では20~25bpとなっています。キャリーはソフト・ランディング・シナリオでは魅力的なリターンであり、利下げが実現すれば、トータル・リターンは押し上げられると見ており、投資適格社債への投資戦略には良い状況と思われます。
社債のベータと短期デュレーション
高ベータ社債への投資戦略にとっても、良い状況と思われます。安定した金利と、デュレーションが短期という属性を持つオルタナティブ・クレジット(伝統的な固定利付社債とは異なるクレジット証券)は、リターンの大半がスプレッド(同年限の社債と国債との利回り格差)と、キャッシュ金利に連動する変動金利リターンとからもたらされます。また一部の社債も割安になっていました。そのため、アジアのハイイールドやCCC格の米国ハイイールド、レバレッジ・ローン、新興国市場社債などは、変動利付資産担保証券(ABS)などのより現金に近い資産と同様に、今年は比較的良好なパフォーマンスを見せています。また、事例として、プライベート・デット(比較的リスクの高い企業への直接融資)などは、レバレッジ(資産に対する負債の割合)を効かせた資本構造を引き続き大きく支えています。しかし、レバレッジはあまり問題のある状況ではないと見ています。他の景気サイクルの場合には、過去2年間に見られたような金融引き締めが行われれば、レバレッジ状況は悪化したかもしれません。一般的に言えば、ソフト・ランディングは、短期金利が長期金利よりも高い逆金利曲線の状況が長期化することを意味し、長期債よりも短期債投資戦略が有利になると思われます。
成長株
ソフト・ランディングの場合、株式も恩恵を受けると思われます。米国株式市場のパフォーマンス(MSCI米国株式指数の各セクター指数を参照)は一部のセクターに集中しており、情報技術(IT)セクターと通信サービス・セクターの3月12日までの1年間のトータル・リターンは、両セクターとも約58%となりました。 それでも、資本財や金融、一般消費財セクターはいずれも二桁のトータル・リターンを記録しています。地域的には(MSCIの各国株式指数を参照)、中国や関連するアジア市場、英国のリターンが他市場よりも劣りました。比較的リターンの高かった中でも成長株が強く、テクノロジー関連株が際立っています。企業業績発表に基づくブルームバーグのデータによると、総利益率はS&P 500 指数の平均では 12%ですが、 IT セクターでは 24%です。このセクターは他セクターと比較して少ない負債の中で、製品開発や収益の大幅な成長を遂げており、また、バランスシート全体で総資産の 18%に及ぶキャッシュを保有しています。金利が上昇しても実際には悪影響を受けておらず、もし今後金利が低下していくと、経済への全般的な信頼感が高まり、米国企業はテクノロジーへの投資拡大の動きを継続すると思われます。
永遠に続くものはないと思われる
しかし、永遠に続くシナリオはないと思います。ノー・ランディング・シナリオは、実際に起こる場合には金融引き締めが長引くために、ハード・ランディングになっていくと考えられます。ソフト・ランディング・シナリオは、経済の活況、レバレッジの新たな拡大、利益の希薄化、財政問題等に対する懸念からいずれ終わりを迎えると思われます。ハード・ランディング・シナリオは、中央銀行が利下げをし、各資産が割安となり、ビジネスモデルが再設定される為に、いずれ終わりを迎えます。しかし、今のところ(執筆時)、少なくとも米国大統領選までは、ソフト・ランディングの環境が整っていると見ています。ソフト・ランディングが政治的見通しに影響する時には、環境に対して心理的な補強になる可能性があります。つまり、経済と市場は良好であり、わざわざ波風を立てて、ドナルド・トランプ氏を復帰させる必要はないことを意味し、市場にとっては追い風になると思われます。
金利強気派はハード・ランディングを望んでいるものと思われます。というのも、この派は長めのデュレーションや金利曲線のスティープ化戦略でリターンを獲得しようとするからです。しかし、このシナリオは、現状では難しいと見ています。もし仮に金利強気派が正しく、中央銀行が積極的に利下げを行うとすれば、強気派は上記の戦略を行うと思われます。こうした環境では、インフレは中央銀行の目標に低下する一方、成長力は弱く、その為、企業のバランスシートやキャッシュ・フローに圧力がかかることになると考えられます。言い換えると、金利投資戦略にとって良いことは、社債投資戦略や株式投資戦略には良いことではないと思われます。ハード・ランディングの場合には、デュレーションを長くしリスク資産を減らす戦略に好機をもたらす可能性があります。しかし、今はその時ではないと見ています。
強気だが、バブルとは見ていない
モメンタムとバリュエーションは最重要ポイントと考えています。市場は、強いモメンタムを示している一方で、“バブル”ではないかとの見方も出てきました。リスクが比較的高い資産、例えば、欧州周辺国の債券などのスプレッドは縮小して、比較的良好なリターンを上げています。株式も比較的高いリターンを上げています。金やビットコインの価格も上昇しています。しかし、エヌヴィディアやAI関連株を除き、強い陶酔感や、レバレッジが積みあがって高いリターンを生み出しているという感覚はまだ市場にはないと思われます。こうした感覚は少し生まれつつあるのかもしれませんが、市場全体で見ると、バブルになっているとは見ていません。しかし、投資家の立場としては、バリュエーションを注意深く見る必要があると思います。今年に入り、米国社債のスプレッドは過去10年間で最も縮小した水準近くになって推移しています。しかし、社債市場の需給状況は、良好な発行と健全な需要によって、依然として引き締まっており、またハイイールド分野では、クーポン収入と償還金によって再投資がしっかりと流入しています。株式のPER(株価収益率)は米国では上昇していますが、この上昇はITセクターでのPER上昇が原因となっています。さらに、最近の経済統計や企業業績を見ると、世界的に製造業や貿易サイクルに底打ちの兆しが見えてきたことに触発されて、業績成長予想は再び上方修正され始めています。米国の資本財セクターは執筆時には、2025年予想EPS(一株当たり純利益)に基づくPERが約18.5 倍になっており、業績の横ばいが数年続いた後、業績成長が改善するとの楽観的見通しを反映しています。
とはいうものの、リスク資産は昨年10月以降比較的好調なパフォーマンスを続けています。同じようにS&P500を見ると、 S&P 500のモメンタムはほぼ最高水準にあり、株価上昇のモメンタムが鈍化する(つまり、株価の短期的なボラティリティが高まる)か、何らかの反転が起こる可能性があります。国債市場のモメンタムは現状では中立状態にあると思われますが、経済指標等で軟調な印が出ると、国債市場の価格を押し上げることになり、短期の金利や債券利回りの見通しが強気になることにもつながります。しかし、ソフト・ランディング・シナリオが続く場合、リスク資産が調整する場合には買いが入り、モメンタムの改善が広がり、英国株式に対してさえ買いが入る可能性があると見ています。こうした上昇傾向が不合理なまでに熱狂的な市場になるまでには、チェックすべき多くの段階があると見ています。
データの出所: Refinitiv DataStream、ブルームバーグ。特に記載がない場合には2024年3月14日現在。過去の実績は将来の結果を示すものではありません。
(オリジナル記事は3月15日に掲載されました。こちらをご覧ください。)
本資料で使用している指数について
S&P500指数:S&P ダウ・ジョーンズ・インデックス社が算出する米国の500社の値動きの平均を示す時価総額加重平均型株価指数です。
MSCI米国指数の各セクター指数及びMSCI各国指数:MSCI社が公表している米国の各セクターや各国の株式市場の値動きを示す時価総額加重平均型指数です。
ICE BofA 各国投資適格社債指数および各国ハイイールド社債指数:ICEデータ・インデックス社が公表している各債券市場の値動きを示す指数です。
※本資料中の指数等の著作権、知的財産権、その他一切の権利はその発行者に帰属します。
ご留意事項