予想外の出来事が減り、繁栄の可能性が増す
各国の主要な中央銀行は正しい判断をしているように見えます。金融緩和が遅れているにもかかわらず、金融市場は好調に推移しています。世界経済は正常化しつつあり、そのサイクルは過熱しすぎず冷えすぎずの状態にあると見ています。市場はこの状況を好感しており、投資家は企業のファンダメンタルズに集中することができています。企業の多くは収益を上げ、バランスシートをうまく管理しています。これは株式戦略にとっても債券戦略にとっても好都合だと思います。予想外のことが少ない景気サイクルの現状に、将来繁栄する可能性がある長期的な成長テーマが組み合わさっています。一方で、政治がこの市場に好ましい事態を混乱させないよう期待したいと思います。
平常化
パンデミックによる世界経済の混乱はほぼ収束したと見ています。残存するインフレの影響は徐々に緩和されつつあり、長期的なインフレ期待が固定化されたという証拠はあまりありません。確かに、インフレ連動債市場から得られる市場に基づくインフレ期待は安定しており、5年物フォワード・ブレークイーブン・インフレ率スワップは米国で2.6%前後、欧州で2.3%前後、英国では3.3%前後で取引されています(英国では依然として小売価格インフレ率に基づいていますが、消費者物価インフレ率に基づけば2.5~2.75%前後に相当します)。
これらはインフレ率が低かった時期よりも少し高い水準にありますが、それは中央銀行の目標値に対するインフレ・リスク・プレミアムを市場が比較的多めに織り込んでいる為と見ています。しかし、大局的に見れば、金融市場が必ずしも恒久的に高いインフレ率を織り込んでいることを示唆するものではありません。最近のデータの影響をより強く受ける傾向がある消費者の期待インフレ率調査は、2%の中期的なインフレ期待が維持されていることと整合しています。中央銀行はこうしたインフレ期待を守るためにより一層努力しなければならないかもしれない、というのが市場での一般的な見方ですが、全般的に受け入れられてもいます。つまり、この見方では、金利は2010年から2020年の10年間よりも高くなるということです。しかし、インフレ率が中期的に安定するのであれば、世界経済はそれに対処できると見ています。
成長拡大
インフレを除けば、経済は特に、改善が続く米国の消費者実質所得とプラスの資産効果との組み合わせに支えられ、順調に成長を続けています。必要とされる演算能力の増加を蓄えるために必要な、シリコンチップやデータセンターの増強に巨額の投資が行われており、人工知能(AI)開発関連企業の好業績は、この長期的テーマの重要性を浮き彫りにしています。代表的な企業は引き続き、チップメーカーのエヌビディアで、同社の時価総額は一時3兆ドルを超え、アップルとマイクロソフトを抜いて世界最大の時価総額の企業(6月18日現在)となりました。これら3社の合計時価総額は執筆当時約10兆ドルで、連邦準備制度理事会が2022年3月に最初の利上げを行ったときの約2倍になりました。このように、常に長期的要因と循環的要因を区別することが重要であると考えています。
技術革新
楽観主義者たちは、低炭素な未来への幅広いシフトの一環として、AIと再生可能エネルギーの開発に注目しています。このことは、先週の『エコノミスト』誌の表題「太陽光発電の急激な成長が世界を変える」が象徴的に表しています。筆者は以前、安価でクリーンなエネルギーが将来的に恩恵をもたらす可能性について、また石油、ガス、石炭への依存を減らすことで世界がどのような恩恵を受けるか、そしてそれらの産業の一部に付随する政治について書いたことがあります。つまり、AIと安価になるエネルギーの両方によって生産性が高まり、気候変動の影響に対処している新興市場経済にも利益をもたらすと見ています。大きな希望は、テクノロジーが新興市場の農業に革命を起こし、収穫量を増やしながら環境破壊を減らすことです。
依然として残る中核のリスク
現在のフランスの政治的不透明感から、市場の関心は政府債務に集中しており、多くの国が中期的に資金調達コストの上昇や財政縮小に直面するかどうかに集まっています。欧州連合(EU)は6月19日、どの国の政府が債務削減計画を策定しなければならない過剰財政赤字手続きに入る必要があるかを通告しました。債券市場で懸念されているのは、ポピュリズム(大衆迎合主義)への傾倒がこれを困難にするということです。最近の右派政党は財政保守主義と結びつく傾向がありません。債券市場を弱気に見ている人々は、インフレ上昇見通しが後退しつつある中で、政府借入増加リスク、債務残高の対GDP比上昇、長期利回りの上昇、ソブリン・デフォルトのリスクにより注目しています。
政府は役に立つのか
政府に、AI やグリーントランジション(グリーン経済への移行)に関連する長期的で前向きな発展を活用する能力があるかどうか疑問に思わざるを得ません。多くの政府は、30 年前のデジタル技術に基づくシステムの導入にいまだ苦労しています。政策上では再生可能エネルギーの促進に取り組んでいるものの、政治家がそれを化石燃料への課税から得られる収入と照らし合わせて考えているかどうかは明らかではありません。風力や太陽光などの再生可能エネルギーによる発電は、ますます安価になってきています。電力に課税すれば、税収の減少の一部を相殺できると同時に、消費者の負担を現在よりも低く、安定させることができます。しかし、ここで筆者が主に考えているのは、テクノロジー主導の生産性向上が財政見通しにも良い影響を与えるかどうかです。AI の活用により、経済成長がより強力になり、雇用創出がより活発になり、社会政策がより効果的になる可能性があります。恩恵をはっきりと受けるのは医療分野と思われます。AI を活用したバイオテクノロジーの発展により、健康診断、診断、医薬品開発がより安価で効果的になると見ています。高齢化社会における医療費の増加を抑えることは、社会と財政にとって純粋な利益となると考えています。教育などの分野や、より安価でクリーンな電気輸送手段を活用できる地域経済政策にもプラスの効果をもたらす可能性があります。しかし、これらすべてには、先見の明を持った政治家、または政府が権限を縮小して民間企業による経済発展を認めることが必要だと考えています。
暗い面に着目すべきか?
経済学は、リスクやうまくいかない可能性に焦点を当てる傾向があるため、陰気な科学(トーマス・カーライルによる言葉)として知られています。心配すべきことはたくさんあります。欧米経済では人口が減少しており、多くの場合、人口置換水準(人口が増加も減少もしない均衡した状態となる合計特殊出生率の水準)を下回っています。これは、従属人口比率(生産年齢人口に対する高齢者人口の割合)の上昇と現役世代の税負担の増加を意味します。これは良いことではないと思います。というのも、これは財政収支の見通しの悪化とも関連しているからです。つまり、政府は高齢者医療への支出を続ける必要がある一方で、現役世代の税負担能力を使い果たしてしまう可能性があります。一方で、移民がすでに多くの国でその穴を埋めており、最近の米国の経済成長を押し上げています。しかし、移民増加には政治的・社会的問題が伴います。地球の気温が上昇し、世界の一部が居住に適さなくなるにつれ、移民問題はさらに悪化すると考えられます。長期的に見れば、移民の好影響は知られていますが、社会的・財政的コストが負担になると思われます。
明るい面に着目すべきか?
しかし、経済学にも希望はあります。経済学者は、ローマ人が便所を導入したことにまでたどってみても、主要な技術革新の影響を過小評価する傾向があります。指数関数的効果やネットワーク効果は、しばしば考えられているよりもはるかに大きい場合があります。AIやクリーンエネルギーもそうなる可能性があります。世界では、月次報告書を作成したり、ローリング・ストーンズ風の曲を作曲したりできる生成AIに注目が集まっています。それはそれで楽しいですし、現在人間が行っているサービスの一部を自動化することで生産性が向上するとも思われます。しかし、本当の価値は、大規模な構造化データ(事前に定めた構造に整形されたデータ)および非構造化データ(事前に整形されず元の形式のまま保存され、使用時まで処理されないデータ)を特定の目的のために分析できる膨大な演算能力にあります。たとえば、衛星画像から生成されたデータを使用して、不安定化が進む気候での作物の収穫量を予測したり、デジタル化された DNA データを使用して慢性疾患の発生率をより深く理解し、その治療法を見つけたり、消費者の支出傾向をより深く理解して、企業が在庫とサプライチェーンをより効率的に管理できるようにしたりすることができます。
今年はこれまでドラマが少ない年
こうした長期的な問題に焦点を合わせるのは、現在の景気循環が予想外の局面が少ないからこそ許される恵まれた状況だからだと思われます。市場は常に潜在的なリスクを特定できますが(現在は欧州政治に注目)、景気循環を不安定にするような事態が現れてくる可能性は小さいと見ています。従って、金融市場は、忘れられがちなこと、つまり、安定した金融環境下で企業の基本的な業績に基づくリターンを提供しています。そして、金融環境は今後数か月でさらに好ましい状況になる可能性があると見ています。2024年、多くの債券市場と株式市場のリターンはこれまでは堅調です。社債やその他の信用商品は収益をもたらしており、また、借入のある企業の多くは借入金をうまく管理し、その利息を順調に支払い続けられる状況にあります。株式は、名目GDPの現在の傾向と一致する収益成長と、一部のセクターでは前述の長期的傾向の恩恵が期待できることから、好調なパフォーマンスを示しています。定型的な60:40の米国の株式市場と債券市場の組み合わせポートフォリオは、先月末時点で1年前と比べて約16%上昇したことになります。平常状態というものがあるとすれば、経済と市場の観点からは、2024 年がそれに当たると見ています。それは、緩やかな経済拡大、低いインフレ率とその(願わくば)低下、金融緩和の見通し、公開市場から得られる良好な収益が特徴です。しかし、この状態は長くは続かない可能性があります。政治が問題になり、消費者は悲観的になり、地政学的リスクが顕在化するかもしれません。しかし、現状はまだ、明るい市場環境が続いていると見ています。
企業への参照は例証のみを目的としており、個別銘柄への投資を推奨するものではありません。
パフォーマンス等データの出所:レフィニティブ・データストリーム、ブルームバーグ。特に記載がない限り2024年6月20日現在
過去の実績は将来の成果を保証するものではありません。
(オリジナル記事は6月21日に掲載されました。こちらをご覧ください。)
ご留意事項