年齢に関するリスク・プレミアム
リスク回避と年齢は正の相関があると考えられます。私は、60歳という心理的に重要な誕生日を迎え引退がそう遠くない未来となったことを考えると、取るリスクを徐々に少なくすべきかもしれません。債券利回りが上昇し、累積リターンが上昇する見通しが高まっていることを考慮すると、資産保護は現在では以前よりも簡単になってきていると思われます。しかし、私の悩みとなっているのは、戦争や軟調な成長見通し、金融引締め政策などの現在の環境下では、株式の価格が低く抑えられている一方で、金利リスクが過大評価されていることです。ここに2024年の投資方針として興味深い考察が見えてきます。
齢を重ねて
私は先週60歳という節目を迎えました。私の両親(英国人)が、FTSEオール・エクイティ指数に連動する金融商品を私の誕生祝として1963 年 11 月に投資できていたとしたら、その時投資した資金のリターンの総計は 8,907%になっていたはずです。この総リターンを年率換算すると7.8%です。しかし残念ながら、そうはしていませんでした。しかし、私の資産がどうなる可能性があったのか計算してみたところ、株式の長期的な期待リターンは7~8%であることがわかりました。上記と同様に、1963年11月から現在までの期間では、MSCIワールド指数は年率7.43%のリターンであり、ダウ・ジョーンズ工業株指数は年率7.85%のリターンを上げています。今後を見る場合、このようなリターン水準を今後の数年間も合理的に予想できるのでしょうか。おそらく可能だとは思いますが、今後の12か月の見通しとなると、疑わしくなってきます。
疑問
最初に浮かぶ疑問は、マクロ経済見通しに関することです。当社ではもうすぐ来年の見通しをまとめる時期を迎えます。私の予想では、緩やかな成長とインフレのもう一段の低下、その一方で利下げは小幅にとどまるというのが主流と思われます。成長は下方修正リスクの方が再加速予測よりも可能性が高そうです。名目GDPは2021年以降の水準よりもかなり低い伸びにとどまるものと見ています。企業業績は名目成長に重要な役割を果たしていますが、名目GDPとS&P500指数のEPSとの近年の関係を見ると、来年同EPSが年間10%の増益になると見通すのは難しいと思われます。私自身の見方では、株式よりも債券の見通しの方が良好です。
リスク・プレミアムの水準は?
第二の疑問はリスク・プレミアム(リスク性資産の利回りと安全資産の利回りの差)に関することです。一株当たり予想期待収益率(PER)は日米の株式市場では上昇してきている一方、欧州市場ではPERは昨年2022年末の水準をわずかながら下回っています。これは、少なくとも日米欧の今年の株価リターンを反映しています。債券利回りが上昇したことを考えると、株式のリスク・プレミアムはおおよそ、ここ数年来の最低水準にまで低下している模様です。確かに、米国では、S&P500指数の配当利回りは、インフレリンク国債の実質利回りを大きく下回っています。この株式配当利回りと債券利回りとの差は米国で大きく、他の市場でみられたほどには縮小しませんでした。しかし通常、米国が市場の基調を定めています。つまり、今年は債券が相対的に割安になってきました。期間プレミアム(期間の長さによるリスク・プレミアム)は、金利曲線の中で上昇していますが、これは、適切な将来の中立金利の水準や、財政政策や政府借入の道筋が見通せないことが原因です。
社債について、株式のリターンと信用スプレッドの動きには正の相関があります。米国社債は、株式市場の状況を反映しながら、欧州社債よりも割高(スプレッドが縮小)になっていますが、利回り水準そのものは欧州よりも高くなっています。米国の適格社債とハイイールド債券のスプレッドは現在、2013年以降の分布状況の中ではほぼ中間に位置しています。このスプレッドの分布という観点では、欧州と英国のスプレッドは割安の水準になります。米国のハイイールド債券の利回りはもっと割安に見えるものの、スプレッドは最近縮小してきました。しかし、悪魔は細部に宿るとのことわざにある通り、最近予想を下回る業績を発表した企業は債券市場でも価格が下落しています。結論として、社債は長期的な複利利回りの観点では魅力が高いけれども、株式市場が下落する場合には、スプレッドは拡大する可能性があります。
複利
ここまでをまとめると、市場予想では、成長は鈍化し、インフレは低下、利下げ時期の議論が強くなってきます。リスク・プレミアムは債券に有利に動いています。2024年の初めにどこから投資を始めるか決めるためには、私の同僚である熟練のファンドマネージャーがかつて世界八番目の不思議と呼んでいた、複利利率を考える必要があります。5年償還の国債に100投資したとして、実勢利回りがちょうど1%だとすると、5年後の価値は105.1です。米国の5年国債の利回りが4.5%の現在、受け取る利金を再投資して同じように運用すると、投資の価値は5年後に124.62に達します。これは年率換算すると、リターンの差は4%を超えます。量的緩和政策が債券投資を魅力に乏しいものにした為に、投資資産は株式や社債(スプレッドが上乗せされる分リターンが向上する)に向かいましたが、その状況は解消されてしまいました。
成長のための支出
株式が債券よりも高いリターンをあげるという見通しには疑問がありますが、だからといって必ずしも株式が成果を上げないわけではありません。2020年初頭以来米国の株式のリターンが債券のリターンを およそ13%上回っていますが、歴史的な平均では5%程度であることを考えると、米国では平均回帰(バリュエーションやパフォーマンスは長期的な平均値に回帰するという現象、または考え)する可能性があります。しかし、テクノロジーの成長株式の見通しを評価すると、株式と債券の資産配分を決定する際に、複雑さが増してきます。人工知能の将来の成長優位性は、今日でも非常に高い株価倍率で取引されている株式を買うことに十分な理由になるのでしょうか? S&P 500情報技術指数は現在PERが約28倍の水準で取引されていますが、これは、ハイイールド債券の利回りよりも5%以上低い益利回りになっています。しかし、バリュエーションだけでは、このような将来の成長を見越して買う動きを止めることはできません。こうした企業の多くは財務状況が強固であり、債務が少なく、キャッシュを潤沢に保有していて、また、企業や消費者のニーズに合った製品やサービスを提供しています。短期デュレーション債券とテクノロジー株式を両方保有する戦略は今年良い成果を上げています。短期デュレーション米国ハイイールド債券指数とS&P 500情報通信指数は年初から11月8日までで、(ブルムバーグのデータに基づくと)それぞれ5.2% と45%上昇しています。もし金利が高い水準にとどまり、米国経済がリセッションを免れるのであれば、これが再現される可能もあります。
引締め
適格社債やハイイールド債券の見通しはもっと深刻な信用問題が発生し始めるかどうかに大いにかかわるために、マクロ経済見通しは重要です。金融引き締め政策の影響が、まだ十分にはいきわたっていないかもしれません。米連邦準備制度理事会(FRB)の10月主要銀行貸出動向アンケート調査によると、米国の銀行は依然として、総じて貸し出し条件を引き締めています。マクロの流動性を示すマネーストック(通貨供給残高)は、新型コロナやそれに続く金融政策がなかった場合の過去の平均的な傾向を上回る水準にありますが、マネーサプライ(通貨供給量)の伸び率はマイナスです。経済活動が依然堅調であり、株式市場に対する強気のコメントが多く見受けられる一方で、経済指標は軟調さを示しています。(執筆時点で)先週、私が同僚の株式ポートフォリオ・マネージャーらに会ったときに、彼らの多くが、第三四半期について良好な業績を発表した企業でも次四半期の業績ガイダンスを引き下げていると話していたことに驚きました。
5%という収益機会を目指す
現状では、ソフト・ランディング(景気の軟着陸)が依然として実現に向かう過程をたどっています。10月のインフレ率は(執筆時点で)来週発表されます。ブルムバーグの市場コンセンサスでは、コア消費者物価指数の上昇率は年率4.1%で、これは9月と変わらず、FRBの目標値を大きく上回っています。数週間のうちでは、FRB関係者から出されるメッセージに変化があるとは思えません。FRB関係者の最近の発言は、「より高く、より長く」に沿った意見を強調しています。こうした発言は、債券利回りが短期間に低下する可能性を小さくしており、場合によっては、5年や10年の米国債の利回りが再び5%に向けて上昇する可能性も否定できません。インフレのデータが市場の予想に反する場合や、強い経済成長を示すデータが出される場合、または、FRBからタカ派的な発言がある場合には、そうした利回り上昇がありえます。10年国債の利回りチャートを見ると、3%や4%が利回りの上値抵抗線になったこともありましたが、現在はこれを上回って取引されています。私自身は、もし10月中旬に見られたように5%に向けて利回りが上昇する場合には、それは買いの好機であると考えています。高い利回りでは複利リターンは指数関数的に増加するために、債券投資家により高い実質リターンを獲得できる可能性を高めることができると考えられます。
パフォーマンスのデータおよびデータの出所:Refinitiv Datastream, Bloomberg, 参照時は特に記載がない場合には、2023年11月9日現在。 過去のパフォーマンスは将来の成果を示すものではありません。
(オリジナル記事は11月10日に掲載されました。こちらをご覧ください。)
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