バランスが取れていて穏やかに推移する市場環境
市場では、利下げが世界的に目前に迫り、景気後退は回避されるとの見方が引き続き主要なシナリオになっています。ポートフォリオ運用の面では、大きな変化を促すような材料はあまり見受けられません。ハイイールド債券市場では、8月初旬に起こった株式市場の動揺に対して耐久力を示していますが、国債市場では一部割高になっていると見ています。株式市場では、今年第2四半期の米国企業業績は全般的に堅調で、株式投資家の相場への自信を下支えしていると思われます。マクロ経済環境は依然として世界的に良好であり、2024年は株式と債券の組み入れ比率を60:40にしたモデルポートフォリオにとって、比較的良好なパフォーマンスを上げられる年となっていると見ています。
リセット
8月初めに市場が大きく変動しましたが、欧米の中核国の10年国債利回りは7月末の水準と比較して15~25ベーシスポイント(bp)低く、MSCIワールド指数は約2%上昇しました。筆者が投資家と対話したり、市場動向を見る限り、8月初めの数日間の市場の乱高下は、市場の年内予想にほとんど影響を与えなかったようです。米連邦準備制度理事会(FRB)は利下げを開始すると見られており、米労働市場の低迷は今のところ限定的で、景気後退の可能性は依然として低いと考えています。また、市場のけん引役となっていたエヌビディアは28日の同社業績発表によれば、人工知能(AI)技術への投資が旺盛なため、現在もさらに収益を伸ばしています。
政策金利の低下
中央銀行に対する市場の現在の織り込み状況が現実的かどうかについて、市場参加者の間でも意見が分かれています。市場では、米国の政策金利(執筆時現在、5.25%から5.50%の幅)は2025年末までに3.0%程度まで低下すると予測されており、ユーロ圏では2.25%(現在4.25%)、英国では3.5%(現在5.00%)に低下すると予測されています。しかし、市場の織り込み状況に関する最も一般的と思われる意見として、世界経済はまだ十分には弱くなっておらず、インフレ率も十分に低下していないため、政策金利はこの予想ほど下げられることはないとの考えもあります。金利の正確な行方はまだわかりません。市場では、FRBは2022年から2024年にかけて実施した引き締め幅である約5%のおよそ半分を回収すると予想されていますが、これは過去の金融サイクルで見られたパターンと一致していると筆者は考えています。
デュレーションよりもイールド・カーブ
しかし、今後この議論は活発になると見ていますが、11月の米大統領選の後で米国の財政政策が金利にどのような影響を与えるかはまだかなり不透明であると思われます。債券投資家にとって重要なことは、イールド・カーブ(金利曲線)が正常化(短期債券の利回りが長期債券の利回りも低い状態)することと見ていますが、その場合、短期債の利回りが政策金利に合わせて低下し、長期債の利回りは現在の水準付近であまり変動しない可能性が高いと見ています。世界の多くの市場で、10年債利回りは7~8月の間に低下しています。中期的な見方では、利回りは適正幅の下限に達しつつあり、景気に対しネガティブなショックがない限り、利回りが大幅に低下する余地はあまりないと思われます。なお、米国債市場の満期7年から10年の部分では、昨年1年間のトータル・リターン(ICE米7-10年国債指数)は3.4%であり、また、1985年以降昨年末までの年間平均リターンは5.9%でした。
債券利回りの変動幅
筆者の考えでは、中長期的には、中核国の債券利回りは2000年代初頭のような変動幅になると考えています。中核国の10年債利回りは、世界金融危機によって2009年に低下するまで、4.0%から5.5%の間で取引されていました。当時、米国のコア・インフレ率は平均2.0%程度でした。英国や経済通貨同盟後の欧州ではそれよりもやや低い水準でした。今後インフレ率が世界の中央銀行の目標である2%をやや上回ると仮定すると、債券利回りは4%~5%が妥当な予想と思われます。この利回りに投資適格債のスプレッドが100~150bp上乗せされるとすれば、今後数年間は投資適格債券ポートフォリオからは6%超のリターンが得られる可能性があると見ています。つまり、過去の推移を考えると、量的緩和で低金利に陥った後では、このリターンが得られても不思議ではないと考えます。ICEグローバル社債指数を例にとると、2023年末までの年率リターンは1996年以降では4.5%、2006年以降では3.6%、2016年以降では1.8 %です。とすれば、債券へのポートフォリオ配分が有意義なものであるためには、過去約10年間に提供された比較的低位のリターン以上の期待リターンが必要であると思われます。
財政政策への着目
各国の財政政策をめぐる議論は、今後数年でさらに興味深いものになりそうです。英国では、労働党政権が借入水準を引き下げようとするため、厳しい予算になると警告しています。英国では、増税が行われ、相続やキャピタルゲインなどの分野を目標にした累進課税になる可能性が高いと思われます。財政に関する決定は、長期的な成長見通しを定める上でより重要であると見ています。慎重な財政政策と成長の促進、中核的な公共サービスの質の向上、エネルギー利用におけるより持続可能な項目の設定などのバランスをうまくとることは容易ではないでしょう。米国では、選挙を前に具体的な政策議論はまだほとんど行われていません。市場では、ハリス・トランプ両大統領候補はそれぞれ、十分な支持を得られれば、財政拡大を志向するだろうと見られています。しかし、債券市場は実質利回りのリスク・プレミアム上昇を織り込んでいないと見ています。資金繰りの危機が目前に迫っているか、あるいは起こりそうにないかのどちらかと思われます。しかし、米10年国債利回りが4%を割り込んだ場合には、この低水準は債券市場に対して弱気に見ることの理由になると考えています。
ハイイールド債券が相対的に良好なパフォーマンス
ハイイールド債券戦略、特に米国のハイイールド債券戦略は、今年の年末にかけても引き続き選好される戦略であると見ています。ICE 米国ハイイールド指数の利回りは執筆時7.25%で、基準となる国債の利回りを317bp上回るスプレッドを示しています。同指数のトータル・リターンは、長期の市場トレンドに沿い、年初来現在までに6.3%となっています。リファイナンスのひっ迫という点では、実質的な警戒材料は現状ではほとんどないと思われます。指数のCCC格付け部分とBB格付け部分のスプレッドは安定しています。もし信用状況が全般的に悪化しているのであれば、スプレッドが拡大すると予想されるでしょう。FRBが利下げを実施し、国債のイールド・カーブがスティープ化すれば、ハイイールド債券は価格が上昇すると考えられます。ハイイールド債券のリターン見通しが良好であることを考えると、株式とハイイールド債券のリターンには相関関係があることから、主なリスクは株式市場が持続的に調整すること(8月上旬に起きた以上の調整)であると見ています。
夏休みの終わり
夏休みは終わりました。米国の選挙が迫っているため、今年の残りの期間は事態がより深刻になる可能性もあると思われます。それに加えて、中央銀行が利下げを行う、あるいは行わない機会が何度かあるでしょう。これまでのところ、経済データは差し迫った景気後退を示唆していないため、市場が長期的投資家に適切なリターンの提供を続けると見ています。市場では短期的には、米国の労働市場に関するデータと、中国経済の低迷が世界的なデフレを引き起こす可能性に対して注目が集まると見ています。その兆候は鉄鋼価格かもしれません。鉄鋼価格総合指数は今年に入って約17%下落しており、中国国内の需要が低迷しているため、中国製鉄鋼が世界市場でダンピングされる可能性があるとの報道もあります。インフレ率が大幅に低下するシナリオは、長期債券のリターンが過去の平均を上回って推移する可能性があることを示すものです。
パフォーマンス等のデータの出所:LSEGワークスペース・データストリーム、ブルームバーグ、アクサIM。特に記載がない限り、2024年8月29日現在。
企業への参照は例証のみを目的としており、個別銘柄への投資を推奨するものではありません。
過去の実績は将来の成果を保証するものではありません。
(オリジナル記事は8月30日に掲載されました。こちらをご覧ください。)
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