行方を見守る
政治はある意味ドラマであり、政治の世界では1週間が長く感じることがあります。米国では出来事が急速に動いており、世論調査ではドナルド・トランプ前大統領が第47代米国大統領になる見込みです。投資家は、彼の政策プログラムがインフレを招き、金利上昇の脅威となり、地政学的および国際貿易リスクを悪化させるかどうかを検討する必要があります。もちろん、市場は、2017年から2021年までの前回在任期間中のスタイルと手法をすでに経験しています。だからといって市場に変動が起こらないというわけではないでしょう。今のところ、世界経済は堅調に見え、金融市場はその現状に動かされています。ポートフォリオの今後のリターンは、金利低下の見通しと企業収益の継続的な成長によって決まると見ています。ですから、この状況を享受しながら、雑音にあまり反応せず、政治ドラマの行方を見守るのが良いかもしれません。
アメリカ人の心理
先週の米国での出来事(バイデン氏の数々の言い間違え)の影響を受けている可能性もありますが、次期米国大統領選ではトランプ氏がリードしているようです(18日の執筆時)。(補足:この執筆後の21日日曜日に、バイデン氏が大統領選からの撤退を表明しました。)586.comのウェブサイトが追跡しているような世論調査では、トランプ氏がジョー・バイデン大統領を約2パーセントポイントリードしています。それにもかかわらず、選挙プロセスがどのように進むかについては不確実性があります。バイデン氏がCOVID-19に感染したとの報道もあり、11月に民主党候補になるかどうかさえ不明であり、不確実性は増し、バイデン氏が退陣に追い込まれるとの見方が続いています。現在(執筆時)のところ、トランプ氏の勝利とそれが投資家にとって何を意味するかという市場の見方が強まっています。
トランプ氏がリード、綱領発表
共和党の政策プログラムは興味深い内容です。政策提案には、貿易保護主義、規制緩和、寛大な財政姿勢、反グリーンエネルギー、社会保守主義が混在しています。反中国の提案もいくつかあり、最恵国待遇の廃止や中国製自動車の輸入禁止などが含まれます。移民を管理し、公正な貿易協定と称されるものを求めることで、米国の企業と雇用を保護するとしています。連邦政府の「無駄な」支出を攻撃し、規制を減らすよう呼びかけています。トランプ氏が前回大統領として導入した減税は延長され、政策では接客業のチップに課税しないことを約束しています。ウェイターなどの有権者層は重要であり無視されていないことをアピールしています。
インフレ
公約の 1 つは「インフレを克服し、アメリカを再び手頃な価格にする」というものです。これは主にエネルギーに焦点を当てており、アメリカで石油とガスの生産を増やすことで 2021 年から 2022 年のエネルギーショックの再発を防ぐことができるという主張と思われます。パリ協定からの離脱について再び言及することはしていませんが、グリーンニューディールを撤回するとの公約により、従来の化石燃料エネルギー産業への回帰を明確に示しています。インフレ削減法に組み込まれたグリーンエネルギーと低炭素活動への補助金が撤回されるかどうかはまだわかりませんが、トランプ氏の提案は再生可能エネルギー部門のさらなる成長に対する大きな障害となる可能性があります。実際、環境、社会、ガバナンス (ESG) 投資は今後数年間、米国で困難さを増すことになると思われます。米国のいくつかの州が示しているESG に向けた攻撃性は、ワシントンでもすぐに増幅される可能性があります。
再生可能エネルギーの在り様と成長状況は、2021年から2022年のインフレショックの原因ではありませんでしたが、ポピュリスト(大衆主義者)の見解では、米国は石油とガスの生産を増やすことでエネルギー安全保障を強化する必要があるとしています。この見解には、環境問題、気候変動、世界の限界エネルギー価格に関する議論は失われています。S&P 500のエネルギー部門がここ数週間で市場をアウトパフォームしているのは興味深いことです。一方、政策の中に連邦赤字削減を試みようとする証左はほとんどなく、輸入関税や移民制限、減税優先など、他の提案のほとんどはインフレを上昇させる傾向があると見ています。
インフレに関してもっと広く言えば、この計画は移民を制限し、そして不法移民を強制送還し、その一環として輸入品への関税を引き上げる保護貿易政策をさらに進めることを目指しています。これらは供給側の制限であり、インフレを引き起こす可能性があります。市場では、トランプ氏は貿易赤字を減らすためにドル安も支持しているという指摘もあります。これらはいずれも目新しいものではなく、トランプ氏が前回の任期で採用した政策ですが、それでも11月に大統領に選出されれば懸念材料となると思われます。2020年以降、10年物米国債のブレークイーブン・インフレ率(市場が予想する期待インフレ率)は0.50%から3.0%の間で推移しています。次期政権下でこれらの潜在的なインフレリスクがより深刻化すれば、この上限を試す展開になる可能性が高いと、筆者は予想しています。
トランプ・トレード(トランプ氏再選の恩恵を受けそうな業種を物色する取引)
非常に簡単に言えば、その政策を見ると、トランプ氏の方針は、石油・ガス産業、暗号通貨(皮肉なことに、暗号通貨とデジタル資産の拡大使用を支持する論説の1つは、インフレへの恐怖と政府機関への信頼の欠如に寄っています)、人工知能(AI)(J.D.ヴァンス(トランプ氏が指名した副大統領候補)はIT系の人のようです)、保護主義(自動車)と規制緩和(製薬)から恩恵を受ける産業にプラスになるという結論に達すると思われます。マイナス面では、寛大な財政姿勢と市場のインフレ状況を歪める政策の組み合わせは、国債利回りと企業の借入コストの上昇に繋がる可能性があります。短期的には、連邦準備制度理事会(FRB)は現在の政策金利を上限として維持しながら利下げに向かうと思われますが、利回り曲線がスティープ化する場合、それは、FRBとトランプ氏の財政政策の緩和の両方と連携した金融市場での取引の表れと思われます。脱炭素化に向けて大きな進展があり、太陽光発電と風力発電が大幅に増加していますが、共和党の政策はグリーンエネルギーに関しては追い風というよりは逆風と見ています。トランプ氏に関するほとんどのことと同様に、政策が実際にどうなるかはまだ分かりません。共和党全国大会での受諾演説で、トランプ氏は「電気自動車の義務化を終わらせる」と誓いました。しかし、ここ数週間、トランプ氏を最も声高に支持する(そしておそらく最も経済的に影響力のある)支持者の一人は、イーロン・マスク氏です。
ゴルディロックス(適温状況)・コンセンサス
すべての政治マニフェスト(選挙公約)と同様に、約束されたことと実際に行われることは必ずしも同じではありません。一方、世界経済が今後数か月間の市場のパフォーマンスを決定する可能性があります。国際通貨基金(IMF)は7月16日に、最新の世界経済見通しを発表し、世界経済の成長は今年3.2%、2025年には3.3%と堅調に推移すると予想しています。サービス部門のインフレが引き続きインフレ率低下の足かせになると警告する一方で、世界のインフレ率は今年2.7%、2025年には2.1%になると予測しています。継続的な景気拡大、インフレの軟化、金融緩和の余地など、市場見通しに関する限りでは、基本的な予測は良好です。IMFの見通しにおける主なリスクは、政策の不確実性と貿易摩擦によりインフレ率があまり低下せず、金利が「さらに長期間高止まり」することから生じています。これは、比較的高水準の財政赤字と不安定な財政経路を背景に政策の不確実性から生じる見通しのリスクを示す一般的な表現であると思われます。これらすべてを解釈すると、期間プレミアム(期間の長さに伴う上乗せ利回り)の上昇を反映して、実質債券利回りは比較的高い水準にとどまることになると考えています。しかし、利回りは過去10年間よりも高くなっているため、ここでの取引が適正な水準かどうかは明確にはわかりません。
今現在は金利と利益の方が重要と見る
米国大統領選挙まであと16週間、民主党全国大会もあります。先週の出来事を考えると、何が起きてもおかしくありません。その不確実性を考慮すると、少なくともFRBが近いうちに利下げを行うという見方が強まっています。市場では、9月に利下げし、選挙後にさらに利下げするとの見方を強めています。これは債券市場と利回り曲線の正常化に向けた全般的な流れを支えると見ています。株式市場では、第2四半期の決算シーズンの業績発表によれば、今のところ見通しは良好です。報告された利益の伸びは7%から8%で推移しており、テクノロジー、一般消費財、金融セクターの数字が好調です。これまでのところ、大きなネガティブ・サプライズは出ていません。これは、株式市場全体の上昇が続く可能性があることを示唆するものと見ています。
例外主義は終わっていない
株式投資家にとって重要な問題は、米国の例外主義が薄れていくか否かと考えています。もちろん、トランプ支持者はMAGA(Make America Great Again、アメリカを再び偉大な国に)の野望を達成しようと努力しているため、例外主義は薄れていないことを主張すると思われます。IMFの予測では、米国と世界の他の国々の成長率の差は少し縮まっていますが、近年の米国株式の他市場に対するアウトパフォーマンスにつながった経済動向が完全に消え去るとは考えにくいと見ています。7月18日に発表されたTSMCの第2四半期の好業績は、AIが依然として設備投資の強力な原動力であることを示しています。筆者が前回の報告で、小型株は今年あまり好調ではなかったと指摘したにもかかわらず、ラッセル2000指数は久しぶりに過去最高水準の週間上昇を記録し、他にも株式市場のパフォーマンス改善が幅広くなっている兆候もありました。テクノロジー部門はここ数週間で少し動揺したように見受けられますが、全体的な規模ではほとんど目立たない程度の動揺でした。市場が現在織り込んでいる政策金利の引き下げの状況は、ほとんどの経済データと同様に、景気後退はまだ遠いことを示唆しています。こうした理由などから、米国企業の比較的良好な業績が終焉を迎えるとは考えづらいと見ています。
弱気予想が適切になるには、経済成長に与えるダメージが強まるとする見通しが必要ですが、共和党の政策には経済面での矛盾があるにもかかわらず、それが景気後退を招くことはないと見ています。
(オリジナル記事は7月19日に掲載されました。こちらをご覧ください。)
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パフォーマンスなどデータの出所:レフィニティブ・データストリーム、ブルームバーグ、特に記載のない限り7月18日現在
過去の実績は将来の成果を保証するものではありません。
企業への参照は例証のみを目的としており、個別銘柄への投資を推奨するものではありません。
本資料で使用している指数について
※S&P500指数:S&P ダウ・ジョーンズ・インデックス社が算出する米国の500社の値動きの平均を示す時価総額加重平均型株価指数です。
※ラッセル2000株式指数:米ラッセル・インベストメント社が算出する米国株式市場に上場された時価総額上位1001位から3000位までの2000社の値動きの平均を示す時価総額加重平均型の株価指数です。
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